私は在学時代、19世紀フランスの宗教絵画を研究していました。美術史の研究対象はさまざまですが、その中心には美術作品(モノ)があります。美術史では、例えばある作品がなぜこのように描かれたのか、当時の人々はどのように見ていたのかと問うことで、歴史の中へと潜り込んでいきます。宗教画ならばキリストの描き方や、聖書の解釈、当時の社会のありよう、思想の変遷と多様な切り口があり、美術史研究とは例えるなら、作品という結び目に集まった多彩な糸を解きほぐす営みともいえるでしょう。その営みには実際に作品を体験することが欠かせません。私自身、写真で見知った宗教画を、フランスの教会で直接目にしたときには、その色彩の美しさや、教会という場所にある作品そのものの存在感に打たれ、初めて作品を見た心地さえしました。
今は学芸員として、日々、作品に触れる仕事に就いています。調査研究の成果を展示・解説によって鑑賞者にわかりやすく伝え、解きほぐされる新たな糸が見つかるよう、後世まで作品を保存し受け継いでいく。作品というモノを介して、人間の豊かな営みに触れるダイナミックさは、美術史研究に携わる大きな魅力といえるでしょう。

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